ここには二年ぶりに帰ってきました。
たまに遊びにきてくれるお友達がいるので。。。
近況です・・・
2011年3月11日より私たちの日本は変わりました。
7年防災に携わってきて、この国の防災の情けなさに悔しい思いの
一年となりました。
生きている間、私はこの国と戦いぬくことを宣言いたします。
小さいことからだけど、尊い子どもの命を守るためならなんのためらいがあるでしょうか?
第二の故郷の福島はもとにもどることはできません。
水もきれいで山も美しく、桃の花が咲き乱れた福島県。。。
夏は涼しくて、冬はスキーで楽しめ、おいしいものに囲まれたすてきなところです。
このすばらしいところを大変な目にあわせ、今もなお強制避難区域しか、補償もせず、お金まみれの
あと何年かしか生きることのできない年老いた官僚どもせいで、
福島や近郊、関東の子供たちを苦しめることを絶対に許すことができません!
生きている限り戦います!
天災は仕方ないという人がたくさんいて、私には理解ができません。
仕方ないという言葉で片づけるのなら、今仕方ないことが起きている今
なんでなにもできずに、すごそうと、日本を信じようとするのでしょうか。
廃炉まで40年。
私たちは滅びても、こどもたちは生きていかなくちゃいけないのです。
40年の間に、今廃炉に必死になっている人たちが病気でなくなり
近隣の子どもたちが病気で亡くなり。。。
じゃあ、これから誰が、廃炉に命をかけて戦えますか?
関東でも、興味がない子がたくさんいます。
お母さんが大丈夫っていうから。。。ストロンチウムを計っていない牛乳がでまわっていても
セシウムがでていても、給食で出されたら子供たちはのみます。。。
先生を、日本を、親を信じているからです。
強制退去の場所以外でも高線量ですが、
こどもたちは、マスクをしながら外で遊べないまま成長していっています。
内部被爆は心配ではありませんか?
外部でかなり浴びているのです。
放射線管理区域で飲み食いをしている状況です。
こんな日本はありえますか?
今がいいのならそれでいいのでしょうか?
今年四月から、とりあえず高すぎた暫定基準値を厳しくするそうですが
セシウム入りの牛乳、牛肉は出回り子供たちは相当の内部被爆をしています。
300km離れた関東でも私の住む町でも小さい子の尿よりセシウムがでています。

親が食材を選ばなくてはいけない世の中になったのです。守ってあげなくては
この国は守ってくれないのです。
25年前のチェルノブイリです。
チェルノブイリのほうがひどかったんでしょうって、だから日本は、大丈夫よ!
誤解している人がいます。
まだまだまだまだたくさん、います。
ちゃんと調べたことあるのでしょうか?
あんなに大量の汚染水を世界中にばらまいてもなお
まだ日本がセーフなのでしょうか。。。
即死をする人はいないものの、
セシウム量はチェルノブイリ越えをしているのです。
同じ、レベル7の事故です。
しかも4機も逝きました。。。
子どもたちを中心に、防災ボランティアとしてこれからは
戦っていきます!
私たちは先に死んでも、こどもたちの看取りは絶対いやです!
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